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受講体験談127

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    ジョジョさん

    受講体験談127

高校で物理や数学を勉強していたのは、はるか30年以上も前のことになります。

当時、府内の名門進学校(公立)に在籍していたのですが、府内一のスピードとレベルをほこるという授業に対して、ほとんど興味をもてないまま、おざなりになってしまいました。当然、学業成績もひどい有様でした。

しかし、府内一のスピードとレベルの授業の中身とは、私の学業成績より、もっとひどいものだったと思います(笑)つまり、

1、新しい概念の本質的理解を促す、知的で面白い解説がない(さらっと教科書通りの解説をしているだけ。だから授業のスピードが速い。)。
2、定理や公式の証明における、発想法や式・式変形の意味など、本質的理解を促す、知的で面白い解説がない(さらっと教科書通りの証明をしてみせるだけ。だから授業のスピードが速い。)。
3、問題演習において、「なぜ、その解法をするのか?」「その解法にどうやってたどりついたのか?」等の、本質的理解を促す、知的で面白い解説がない(順番に生徒をあて、教室の前後にある大きな黒板に、ハイレベルの問題集の設問を解かせて、さらっと答え合わせをするだけ。だから授業のレベルが高い?)。

このような、ないないづくしの授業が、名門進学校のハイスピード・ハイレベルの実態だったのです。まさに有名無実ということだと思います(数学において、毎年1割程度の生徒が単位を落としていました。このことも、授業レベルが高いことの証しとされていました。おかしな話です。)。

中学から高校へ進学すると、その学習レベルのあまりにも大きなギャップに、多くの生徒は困惑すると思います。授業や課題に、ついていくだけで精一杯のなか、本質的な深い意味も考えず・理解せず、ただ問題演習を繰り返し、解法を覚えてしまう方法がとられてしまうのも、多くの場合、仕方がないのかもしれません。
しかし、私はその方法をとることができなかったのです。
中学3年生にもなると、多くの生徒は、高校受験に向けて受験勉強というものを、熱心にやりはじめます。思春期真っ只中のまだまだ幼い頭で、将来の人生というものを必死に考えて、より偏差値の高い高校・大学、そして一流企業に所属することが、人生の勝者になる近道だと思い、高校受験に精出すという結論を導き出したのでしょう。

それは一般に、ごく当たり前の事なのかもしれませんが、私にとっては、とても不思議なことに感じていました。比較的裕福な家庭に育ち、練習や勉強というものを、ほとんどしていなくても、学業成績(公立)はかなり良かったので、級友たちが人生の岐路に立って、それに真剣に向き合っていた時に、私は、あまちゃんでのんきな子供のままであったのでしょうか。なんで、多くの人が面白くない勉強ばかりするの?なんで、多くの人がより偏差値の高い高校へ進学しようとするの?人それぞれ個性があって、いろんな才能があって、好き嫌いや得手不得手があるのに、なんで、そんな重要なことを端に置いといて、多くの人が無理して同じ道を進もうとするの?級友たちのあまりの真剣さに、畏怖の念を抱
きもしました。

そして、そんな1年間を過ごして迎える15の春がどうなったのかというと、ほとんど勉強などしなかった私に栄冠は輝き、熱心に受験勉強に取り組んだ級友たちの過半数は、涙をのむことになったのでした。人生とは理不尽で残酷なものだと思いました。頑張ったけど涙をのんだ級友たちには、なんとも申し訳ない気持ちになって、大反省しました。その時に、私は一大決心したのです。選ばれた者の義務として、高校からはちゃんと勉強(学問)をしようと。

「学歴より学問を選べ」と元東大教授の西部邁先生もおっしゃっていましたが、もちろん学問していれば学歴もついてくると確信していました。「発想法」「なぜ?」「意味」を大切にした、本質的で深い理解を追求していくことを心に誓いました。

また本当のところ、意味もわからず暗記や問題演習を修行僧のように繰り返すことは、私の能力ではとてもできなかったのです。物心がついた頃から、両親に多くの事柄について「どちて?どちて?」と質問攻めにしていたそうです。結果そのものより、理由や意味を知りたくなる、考えるのは、生来のもののようです。さて、夢と希望を胸に、高揚感も味わいながらスタートした高校生活ですが、授業も教科書も多くの参考書も、上述の1、2、3を満たしてくれることはなく(場合によっては、大学初級レベルの専門書まで読んで解決することができたりして、学問している知的喜びを感じたりしましたが、高校で学ぶ必要のある科目の必要な概念すべてを、そのようにして独学していくことは、能力的にも体力的にも精神的にも時間的にも、私にはハードルが高かったようです。)、学問という大海原の海底から浮上することなく、水面下であがきつづけて卒業した高校時代でした。しかし、間違った勉強をしなかったおかげで、今でも勉強(学問)が好きです。社会人になってからも、ときおり、大規模書店のいわゆる学参コーナー等で、本を物色しては読んでいました。

30年以上経った現在、多くの科目の参考書は、上述の1、2、3を満たしたものが書店に並んでおります。あまり苦労することなく、本質的な深い理解を独学可能です。30年前も駿台予備学校などで、微積分を利用した物理の教育が行われていましたが、講義も書籍も、確かな高校数学の土台がないと、理解するのは難しかったと思います。

そのような中、ネット上で「田原の物理」を見つけた時は、これだ!と大変感動したことを覚えています。
微積で物理を学ぶために必要な数学の講義があることが、最初にありがたいと思った点でした。
そして、「田原の物理」の授業・テキストでは、丁寧に物理の背景にある考え方や式変形の物理的意味など、数式と数式の行間にまで、繰り返し詳しく解説されているので、物理の式を読めるようになると思います。

今、日常的な問題を数学的に捉えて解決策を導き出すために、プログラミング、算数、中学・高校の数学、物理を材料に、4方向から数学の再構築を目指しています。「田原の物理」は4本の柱(4方向)の中でも最も重要な1本だと思っています。自分の中にどんな数学ができあがるのか、とても楽しみでワクワクしています。今後とも、ご指導よろしくお願い致します。